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ざつぶんてきざつぶん
雑文的雑文
伊丹 万作
「中央公論」1934(昭和9)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,835 字 · 18 页
しかるに不幸にしていつたん作品ができあがつて世に現われるやいなや、この切紙細工のぼつちやんは突然防弾衣のごとく雨と降りくる攻撃の矢面に立たされる。そしてたちまちのうちにあわれはかなくのびてしまう。たとえば俳優の演技にしてもそれ自身独立した評価をくだされるというようなことは近ごろはほとんどないことである。うまいもまずいも監督の指揮いかんにあるというふうにみるのが通なるものの批評の仕方であるが、監督は神様ではない。へたな俳優はだれが監督してもへた以外には出ないのである。精々まずい芝居の部分を鋏で切り取るくらいの芸当しか監督にはできない。しかしそんなことはだれにでもできることである。要するにへたな俳優を使つてうまい芝居をさせるというのは人間にはできない相談である。うそだと思つたらまずい俳優を外国へ輸送してルビッチにでもスターンバーグにでも使わせてみるがいい。要するに監督ばかりを攻めたところで映画はおもしろくはならないのである。
次にもつとどしどし新人が現われなければ映画はおもしろくならない。我々もこの世界にはいつてきたときはしろうとであつたがためにごくわずかながら清新の気を注入するだけの役割は果したかとうぬぼれているが、現在ではもうくろうとになりすぎてしまつた。