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あめ
雨
織田 作之助
「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,421 字 · 60 页
そして、その後成長した豹一を見て、人々は屡々その時の雇人と同じ気持を抱かされたのだが、しかし豹一は比較的単純な男であるから、我々はその後の彼の様々な行動に明確な因果の線をひこうとしても先ず困るようなことはない。かりに人が記憶と虚栄に支えられて生活するものであるとするならば、彼はその仮定に全くぴったりとあてはまった男であるのだから。判断の便宜上その夜の経験が彼にとって如何に決定的なものであったかを想起すればいゝのである。
その夜豹一が母を冒涜されたことは、今まで自分ひとりのものであると思っていた母がもはやそうでなくなったという感傷に彼を陥れたが、同時にまた、それは性的なものへの根強い嫌悪をひそかに彼の心に植えつけてしまったのである。しかし、彼にとって最も痛切なことは、母を冒涜されたことによって即ち自分自身が辱しめられたということである。それまで母の存在と自尊心によってのみ生きて来たのであるから、その時、母を冒涜されることによって同時に自尊心を傷つけられたということは、彼にとって敢て誇張するならばもはや安住すべき世界を喪ってしまったことを意味するのである。