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あめ
雨
織田 作之助
「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,421 字 · 60 页
軽部は膝の上にのせた新聞をみながら、ふん/\と軽蔑したようなきゝ方であったが、話が接吻のことに触れた瞬間、いきなり、新聞がパッとお君の顔に飛んで来た。続いて、茶碗と箸、そして頬がピシャリと高い音をたてた。泣き声をきゝながら、軽部は食後の散歩に出掛けた。帰ってみると、お君は居なかった。火鉢の側に腰を浮かして半時間ばかりうずくまっていると、金より大事な忠兵衛さんと声がきこえ、湯上りの匂をぷん/\させて帰って来た。その顔を一つ撲ってから軽部は、女というものは結婚前には神聖な体のまゝでいなくてはならんものだよ、たとえキスだけのことにしろだね。いいかけて軽部はふと自分がお君を犯した時のことを想い出し、何か矛盾めいたことを言うようであったから、簡単な訓戒に止めることにした。彼はお君と結婚したことを後悔した。しかし、お君が翌年の三月男の子を産むと、日を繰って見てひやっとし、結婚してよかったと思った。生れた子は豹一と名付けられた。日本が勝ち、ロシヤが負けたという意味の唄が未だ大阪を風靡していたころである。その年、軽部は五円昇給された。
その年の秋、二つ井戸天牛書店の二階広間で、校長肝入りの豊沢広昇連中素人浄瑠璃大会がひらかれ、聴衆百八十名、盛会であったが、軽部武寿こと軽部武彦はその時初めて高座に上った。