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ゆきのうえのあしあと
雪の上の足跡
堀 辰雄
「新潮」1946(昭和21)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,685 字 · 12 页
……どうだい、狐のやつの足跡はついていなかったかい?
学生 狐の足跡はどうも分かりませんでした。どんなんだか、まだそれもよくは……。
主 そうだな、こう、まっすぐに、一本の点線を雪の面にすうっと描いたような具合に、林のへりなぞをよく縫い歩いているのだがね。兎のやつのは、そこいら中を無茶苦茶に跳びまわると見え、足跡も一めんに入りみだれているが、狐のやつのは、いつもこう一すじにすうっとついている。そしてそのまま林の奥にほそぼそと消えていたり、どうかすると思いがけず農家の背戸のあたりまで近づいて来ていたりする。
学生 狐なぞがまだこのへんにうろついているのでしょうかしら?
主 いるらしい。このごろは冬になると、僕はからきし意気地がなくなって、ちっとも雪の中を歩かないが、二三年前にはそんな足跡をいくつも見たことがある。しかし、いたって、もうたかの知れたもんだ。せいぜい農家の鶏を盗りにくる位なものだろう。
学生 いつだかお書きになっていた、昔、武家に切り殺された、この宿の遊女の墓に夜ごとに訪れてくる老狐の話――なんでもその墓にひとりでに罅が入って、ちょうど刀傷のように痛いたしく見えた、その傷のあたりをその狐が舐めてやっていたとかいう話でしたね。