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ゆきのうえのあしあと
雪の上の足跡
堀 辰雄
「新潮」1946(昭和21)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,685 字 · 12 页
――あれはこの村の話なのですか?
主 この村ではないが、隣りの村の古老にきいた話だ。ハアンでも好んで書きそうな話だ。ああいう話が残っていたら、もっと聞きたいものだが、あまり無いようだね。どうもこういう古駅には一たいに昔話なぞが少ないのではないかね。維新前までは茶屋旅籠がたてこみ、脇本陣だけでも遊女が百人からいたという、名高い宿のあとだもの。その日その日にちがった話を諸国の旅びとから聞くのに追われて、山奥なぞのつれづれな炉ばたで人にときどきふと思い出されては漸く忘却から蘇らされて来たような、そういう昔話の残っていないのも当然だろうじゃあないか。
学生 そうかも知れませんね。しかし、まだ二つや三つはそんな話もありそうな気がしますね。
主 そう、ありそうな気もする。ところが、ありそうで無いんだ。なんにも無いくせに、そんな雰囲気だけはもっている――そこがまあ現在のこの村の一種の持味で、僕なんぞにはかえってぴったりしているのだろうと思う。こんなに荒廃して、それがそれなりになんとなく錆びて落ち着いてきている、そんなところからそういう一種の味が出ているのだろうね。