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ゆきざっき
雪雑記
中谷 宇吉郎
「中央公論」1937(昭和12)年12月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,988 字 · 20 页
標高は千百米位に過ぎないが、北海道の奥地遠く人煙を離れた十勝岳の中腹では、風のない夜は全くの沈黙と暗黒の世界である。その闇の中を頭上だけ一部分懐中電燈の光で区切って、その中を何時までも舞い落ちて来る雪を仰いでいると、いつの間にか自分の身体が静かに空へ浮き上って行くような錯覚が起きて来る。外に基準となるものが何も見えないのであるから、そんな錯覚の起きるのは不思議ではないが、しかしその感覚自身は実に珍らしい今まで知らなかった経験であった。
ヒュッテの中には部屋の真中に大きいストーヴがあって、番人の老人が太い三尺もある立派な丸太を惜し気もなくどんどん燃してくれている。其処で十分暖まってから、防寒外套を着てヴェランダに出て写真をとるのである。顕微鏡写真の装置は固定したままヴェランダに出し放しになっているので、暫く休んでいる間に、水鳥の胸毛よりももっと軽い雪がもう何寸も積っている。軽いといえば、十勝岳の真冬の降り立ての雪位軽いものは少いだろう。比重を測って見ると百分の一よりも小さいことがある。まるで空気ばかりのようなものである。よく縁日の雑沓の中で、銅の盥をぐるぐる廻して綿菓子というものを売っていることがあるが、あの綿菓子のような感じである。