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くものこみち

雲の小径

久生 十蘭

「別冊少年新潮」1956(昭和31)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,634 字 · 33 页

青空文庫

香世子の霊も、だんだん対談のコツをおぼえてきて、自由にものをいうようになり、白川が忘れているような細かいことを思いだしては、懐しがったり、笑ったりし、話の途中で昂奮してくると、身もだえをしながら、

「あたし、どうしようかしら」

と白川の胸に倒れかかってくるようなこともある。

霊に肉体がないなどと、誰が言う。借りものとはいえ、体温の通った完全な五体をそなえているのだから、愛の接触に事を欠くことはない。押せば押しかえし、手を握れば、すぐ握りかえしてくるという濶達さで、その辺の機微は、霊の交遊の経験のない連中には、思いも及ばぬことであった。白川は霊界に足をとられて、抜きも差しもならなくなり、一年ほどの間、夢中低徊のおもむきで、根気よく現世と死後の世界を往復していたが、霊愛の修業も、霊の友会の解散で、はかなくも終幕となった。

白川が霊の友会に行きはじめたころ、玄関脇の待合でいろいろなひとの経験を聞いたが、なにかの折、ある男が、

「妻はですね、このごろ、もうひと時も私を離したくないふうでして、なぜ、はやくこちらの世へ来てくれないのかと、そればかり言います。妻の霊を呼びだして、救ってやったつもりでしたが、かえって苦しませるような結果になってしまいまして、私も責任を感じますので、思いきって、妻のいうようにしてやろうかと