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くものこみち
雲の小径
久生 十蘭
「別冊少年新潮」1956(昭和31)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,634 字 · 33 页
といって、尻込みする気配を見せたら、敏感な霊はすぐ感じとって、機嫌を悪くするだろう。
白川は道のうえに枝をのばしている石楠の葉をむしりとって、手のなかで弄びながら、クヨクヨと考えつめていたが、荒神の滝をすぎて、截りたつような岩の上に奥ノ院の輪郭が見えだしてくると、急に気持が浮き浮きしてきて、ひさしぶりで香世子の霊に逢うということのほか、なにも頭に浮んでこなくなった。
宿房の庫裡めいたところへ行って、茨木の名をいうと、奥から茨木が小走りに出てきた。
「まあ、白川さんでしたの。こんなところへ、よくおいでくださいました。その後、ごきげんよろしくて」
と微笑を含んだ眼で、なつかしそうに白川を見あげた。
「どうしても、あなたでなくてはいけないわけがあって、東京からやってきました」
「それはどうも。ようこそ……汚れておりますが、どうぞ、おあがり遊ばして」
爐を切った八畳ほどの小間に白川を案内すると、
「わたくしは、お浄めをしてまいりますから、お先にお着きなさいまして」
といって、手洗いに立って行った。
間もなく戻ってきて、十分ほど闇のなかでしずまっていたが、ガバと身体を前に倒すと、もう香世子の霊が出てきた。