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しもばしら

霜柱

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1960(昭和35)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,328 字 · 29 页

青空文庫

本当におちつきたいと思っていたんだ、と喜兵衛は念を押すように云った。

「ところがだめだ」と喜兵衛は首を振った、「今日までがまんして来たが、あの繁野のくそじじいには手をあげた、おれは辞職して江戸へ帰るぞ」

「帰れやしないさ」と石沢が云った、「おまえはもう北島家の二男ではなく次永喜兵衛なんだ、まあ話してみろ、いったい繁野さんがどうしたというんだ」

「おれを眼のかたきのように小突きまわすんだ、老職部屋へ呼びつけてどなる、こっちの役所へ来てどなる、おまけに住居まで小言を云いに押しかけて来るんだ」

「繁野さんは温厚な人だぞ」

「郡代支配という役はむずかしい」と喜兵衛は酒を啜ってから云った、「それは説明するまでもないだろう、この土地に長くいて、土地の事情に通じていなければなかなか勤まらないものだ、ところがおれは江戸から来た人間だし、来てから九十余日にしかならない、二人の助役やその他の下役たちに助けられて、どうやら事務に馴れ始めたところだ」

繁野兵庫はもちろんそれを知ってる筈だ。しかもまったく容赦しない。役所に勤めだすとすぐから、どんな些細な誤りをもみのがさず、子供でも叱るようにびしびし小言を云う。