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きりのなか
霧の中
豊島 与志雄
――「正夫の世界」――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,920 字 · 40 页
日曜などには豆売りの女まで出ていた。
その人たちの中に、わりに上品に見える老婆が一人いた。誰も連れず、一人きりで、いつも豆を持っていて、それを長い間かかって鳩にやった。そしてきょとんとして、あたりを見廻したり、何か低く呟いたり、また石の腰掛に坐りこんで、頭を垂れてじっとしてることもあった。神社のまわりを、何度か廻ることもあった。拝殿の前にお詣りすることは決してなかった。
子供たちも、鳩も、そのお婆さんを見覚えていて、その周囲に集った。鳩はくくと喉を鳴らして一面に群れつどい、子供たちは目を輝かした。お婆さん自身だけがへんに没表情で、放心したようで、機械的に少しずつ豆を投げてやった。妙に人を寄せつけない縁遠いようなものがあった。その、震えてる唇は何を呟いてるのであろうか。石の腰掛の上で胸に垂れてる頭は何を考えてるのであろうか。どうかすると、雨の雫が木の葉にたまるように、皮膚のたるんでる頬に涙が、全く無心にかかってることがあった。小さな眼のすんだ光がふっと曇って、涙が睫毛いっぱいたまってることがあった。それでも彼女自身はやはり、冷く静まり返っていた。誰もその涙に注意を配る者はないようだった。