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きりのなか

霧の中

豊島 与志雄

――「正夫の世界」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,920 字 · 40 页

青空文庫

本人も自分の涙を知らないようだった。

「あんな泣き方は、ほかでは見たことがない。変ってるよ。」と正夫は云った。

「その婆さんは、今でもいるのかい。」

「今年の春頃いたんだ。それから、もう出て来なくなった。」

「あの……草履をはいてた婆さんだろう。」

「うん。知ってるのかい。」

チビは肩をすくめて笑った。

「あれは、気狂だよ、もう死んだよ。」

「気狂いだって。」

「君はあとさきのことを知らないから、分らないんだ。ばかな話さ。」

その婆さんに、可愛いい孫娘が一人あった。四五歳の可愛いい盛りだ。それが孫だから、可愛いい以上だ。婆さんはそれをつれて、よく鳩と遊びに出て来た。その娘が、肺炎になって、病院で死んだ。婆さんほすっかりぼけてしまった。それから、一人であの神社に出て来るようになった。雨の日は、家でしくしく泣いている。天気になると、けろりとして、豆をもって鳩のところに遊びに来る。或る時、縁日の晩に、風呂敷いっぱい玩具を買いこんできた。花笄や、笛や、太鼓や、独楽や、花火や、木琴や、絵本や、積木なんか、いろいろなものを、座敷中にぶちまけたもんだから、家の者も、少しおかしいなと思いだした。