轻松读懂日语经典作品
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あおおにのふんどしをあらうおんな
青鬼の褌を洗う女
「愛と美」朝日新聞社、1947(昭和22)年10月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,368 字 · 79 页
私には国はないのだ。いつも、ただ現実だけがあった。眼前の大破壊も、私にとっては国の運命ではなくて、私の現実であった。私は現実はただ受け入れるだけだ。呪ったり憎んだりせず、呪うべきもの憎むべきものには近寄らなければよいという立前で、けれども、たった一つ、近寄らなければよい主義であしらうわけには行かないものが母であり、家というものであった。私が意志して生れたわけではないのだから、私は父母を選ぶことができなかったのだから、しかし、人生というものは概してそんなふうに行きあたりバッタリなものなのだろう。好きな人に会うことも会わないことも偶然なんだし、ただ私には、この一つのもの、絶対という考えがないのだから、だから男の愛情では不安はないが、母の場合がつらいのだ。私は「一番」よいとか、好きだとか、この一つ、ということが嫌いだ。なんでも五十歩百歩で、五十歩と百歩は大変な違いなんだと私は思う。大変でもないかも知れぬが、ともかく五十歩だけ違う。そして、その違いとか差というものが私にはつまり絶対というものに思われる。私は、だから選ぶだけだ。
オソヨさんが富山へ帰る途中に赤倉があるから、私は山の別荘へ母の死去を報告に行ってみようか、会社へ顔をだしてみようか、迷っているうち、布団と毛布の持主が立去ることになり、仕方がないから私