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おんがくのみんぞくせいとふうし

音楽の民族性と諷刺

宮本 百合子

「フィルハーモニー」1940(昭和15)年7・8月合併号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,445 字 · 7 页

青空文庫

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そこから、ゴーゴリの諷刺と本質的にちがいつつ、アメリカのナンセンスとも異る新種の快活、辛辣が生じている。

そんなにゴーゴリの泣き笑いとはちがう若く確信に満ちた哄笑が響いていながら、なお、この「黄金の仔牛」の読者が、しばしば、ああイリフ、ペトロフは、さすがゴーゴリの出た国の人間だけある、と思わざるを得ないというのも、実に意味ふかい実感だと思う。所謂ロシア気質というものは、イリフ、ペトロフ両人の極めてダイナミックな社会精神と感情の活動を一貫してどこにも古風なバラライカの響となってつたわってはいない。彼等は新しい人間たち、新しい文学のつくりてである。それにもかかわらず、「黄金の仔牛」の全篇は、そのどことも云えない到るところに、イリフ、ペトロフが決してフランス人ではない味、イリフ、ペトロフが決してドイツ人ではない味というものを含んでいる。云いかえれば、ゴーゴリの諷刺は、今日のロシアの歴史の現実のなかで、成程こうも生きかわり得たのか、と感歎する心持をつよめられるのである。

チャイコフスキーが、世界の音楽をゆたかにした古典のロシア的なものは、直接にゴーゴリと並べては云えないけれども、ゴーゴリの諷刺が「黄金の仔牛」