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おんがくのみんぞくせいとふうし
音楽の民族性と諷刺
宮本 百合子
「フィルハーモニー」1940(昭和15)年7・8月合併号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,445 字 · 7 页
によって生れかえられ高められたようには、まだ何人によっても――ショスタコヴィッチによってでも高められていないのではないだろうか。
芸術における民族の特質の微妙で複雑な消長が、ここからも私たちの心に訴えて来ると思う。民族性を古典の規範にしばりつけて考える誤りも明白に理解されるし、さりとて、その新しい展開が単に技法上の新展開だけで齎らされるものでないことも、痛切に考えられる。芸術の素質として民族に特有なものは、いつも具体的であって、それがさけることが出来ない歴史の波、社会の発展の段階の明暗を映していることが、十分芸術家の生活感情として把握されなければならないのだろう。
音楽の歴史と諷刺のことも何となく知りたいことの一つである。文学の世界でも、絵画の世界でも、強烈な現実性と批判の精神と手法として大胆なディフォーメーションを必要とする諷刺は、そう誰にも創り出せるものでなかった。音楽が芸術であるからには、美の一種目として諷刺を避けてはいないのだろうと思う。私たちはよく、諧謔的にと添えがきされる場合を知っているが、諧謔は感情の性質として諷刺と同じではない。妥協的であっても諧謔的では、あり得るのだから。