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かぜのたより

風の便り

太宰 治

1942(昭和17)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,044 字 · 66 页

青空文庫

くるしまぎれのお道化です。御海容ねがいます。

この、つまらない山の中の温泉場へ来てから、もう三日になりますが、一つとして得るところがありませんでした。奇妙な、ばからしい思いで、ただ、うろうろしています。なんにもならなかった。仕事は、一枚も出来ません。宿賃が心配で、原稿用紙の隅に、宿賃の計算ばかりくしゃくしゃ書き込んでは破り、ごろりと寝ころんだりしています。何しに、こんなところへ来たのだろう。実に、むだな事をしました。貧乏そだちの私にとっては、ほとんどはじめての温泉旅行だったのですが、どうも私はまだ、温泉でゆっくり仕事など出来る身分ではないようです。宿賃ばかりが気になっていけません。

あなたの長いお手紙が、私をうろうろさせました。正直に申し上げると、あなたのお言葉の全部が、かならずしも私にとって頂門の一針というわけのものでも無かったし、また、あなたの大声叱咤が私の全身を震撼させたというわけでも無かったのです。決して負け惜しみで言っているわけではありません。あなたが御手紙でおっしゃっている事は、すべて私も、以前から知悉していました。あなたはそれを、私たちよりも懐疑が少く、権威を以て大声で言い切っているだけでありました。