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かぜのたより

風の便り

太宰 治

1942(昭和17)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,044 字 · 66 页

青空文庫

仕事の邪魔になったようですね。」と、はじめて、あなたの文章と同じ響きの、強い明快の調子で言いました。

「いいえ、それどころか。」私は、てんてこ舞いをしていました。そうして、えへへ、と実に卑しいお追従笑いをしたようです。本当に、仕事の邪魔どころか、私は目がくらんで矢庭に倒立ちでもしたい気持でした。私はあの日、もう東京へ帰ろうかと思っていたのです。一週間も滞在して、いちまいも書けず、宿賃が一泊五円として、もうそろそろ五十円では支払いが心細くなっていますし、きょうあたり会計をしてもらって、もし足りなかったら家へ電報を打たなければなるまい、ばかな事になったものだと、つくづく自分のだらし無さに呆れて、厭気がさしていた矢先に、霹靂の如くあなたが出現なさったので、それこそ、実感として「足もとから鳥が飛び立った」ような、くすぐったい、尻餅をついてみたい程の驚きを感じたのです。

それから二日間、あの宿で、あなたと共に起居して、私は驚嘆の連続でした。なんという達者なじいさんだろうと、舌を巻いた。けれども私は、一度も不愉快を感じませんでした。とても豊富な明朗なものを感じました。