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ふろをかうまで

風呂を買うまで

岡本 綺堂

「読売新聞」1924(大正13)年7月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,387 字 · 5 页

青空文庫

幸に大抵の民家には大きい甕が一つ二つは据えてあるので、その甕を畑のなかへ持ち出して、高粱を焚いて湯を沸かした。満洲の空は高い、月は鏡のように澄んでいる。畑には西瓜や唐茄子が蔓を這わせて転がっている。そのなかで甕から首を出して鼻唄を歌っていると、まるで狐に化かされたような形であるが、それも陣中の一興として、その愉快は今でも忘れない。甕は焼物であるから、湯があまりに沸き過ぎた時、迂濶にその縁などに手足を触れると、火傷をしそうな熱さで思わず飛びあがることもあった。

しかしそれは二十年のむかしである。今のわたしは野天風呂で鼻唄をうたっている勇気はない。行水も思ったほどに風流でない。狭くても窮屈でも、やはり据風呂を買おうかと思っている。そこでまた宿無しが一句うかんだ。

宿無しが風呂桶を買ふ暑さ哉

(大正十三年七月)