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ふうきんとさかなのまち

風琴と魚の町

林 芙美子

「改造」1931(昭和6)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,372 字 · 27 页

青空文庫

1 父は風琴を鳴らすことが上手であった。

音楽に対する私の記憶は、この父の風琴から始まる。

私達は長い間、汽車に揺られて退屈していた、母は、私がバナナを食んでいる傍で経文を誦しながら、泪していた。「あなたに身を託したばかりに、私はこの様に苦労しなければならない」と、あるいはそう話しかけていたのかも知れない。父は、白い風呂敷包みの中の風琴を、時々尻で押しながら、粉ばかりになった刻み煙草を吸っていた。

私達は、この様な一家を挙げての遠い旅は一再ならずあった。

父は目蓋をとじて母へ何か優し気に語っていた。「今に見いよ」とでも云っているのであろう。

蜒々とした汀を汽車は這っている。動かない海と、屹立した雲の景色は十四歳の私の眼に壁のように照り輝いて写った。その春の海を囲んで、たくさん、日の丸の旗をかかげた町があった。目蓋をとじていた父は、朱い日の丸の旗を見ると、せわしく立ちあがって汽車の窓から首を出した。

「この町は、祭でもあるらしい、降りてみんかやのう」

母も経文を合財袋にしまいながら、立ちあがった。

「ほんとに、綺麗な町じゃ、まだ陽が高いけに、降りて弁当の代でも稼ぎまっせ」