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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

案外うまかったでしょう?」

「あまくて珍しかったですよ」

「そりゃよかった、あれは我々の農園産ですよ、職員がみんなで作ったんです」

戦争が進んで、研究所員の生活不安がつのって来たとき、研究を継続するためにも吉岡たちが先頭にたって、広大な敷地のなかに農園をはじめたのであった。

「――よかったら拝見しましょうか」

「ええ」

重吉は椅子から立ち上った。そして、すぐその場で背広の上着をぬいでしまった。

「診察はあっちなんじゃないのかしら――」

「ええ。レントゲンがあっちだから……」

「別の部屋へいらっしゃるのよ。――どうなさる?」

ひろ子は重吉を見あげた。

「わたしも行きましょうか」

「いいよ、いいよ」

気まりわるいような表情で、重吉はことわった。

「大丈夫さ、来なくたって……」

重吉のことわる気分は、ひろ子につたわった。重吉は、自分の病気について、九年の間、只の一度も信頼出来る診断というものをうけることが出来なかった。刑務所の医者は、思想犯の患者を診るときには、その前にきまって附添の看守に向って念を押した。「どうだ、これは転向しているかね」と。だから重吉は、自分の努力で病勢を納めて来ているものの、本当には拘置所で患うようになった結核がどの程度のものなのか、正確に知らないも同然であった。