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ふうちそう
風知草
宮本 百合子
「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页
きまった通路を、きまった場所へ、きまった目的のために、きまった時間内にしか歩かせられない。一本の通路の、どっち側を歩くかということさえ歩く人間の気まかせにはさせられない歩行の間、特に独房にいるものは、自分の一歩、一歩を体じゅうで味い、歩くという珍しい大きい変化を神経の隅々にまで感受しようとする。本人たちが自覚しているよりも深いその欲望から、彼等はみんな外の世界にない独特ののろく重い足どりになって来るのであった。
あの歩きつきで、細かい紺絣の袷の着物と羽織とをきて、帽子のないいが栗頭に、前年の冬はいていたひろ子の手縫いの草色足袋をはき、外食券食堂で買った飯を新聞紙にぶちまけたのをたべたべ、重吉は一人で網走から東京まで帰って来た。同じ東北本線を、重吉は四ヵ月前、北海道弁の二人の看守の間にはさまれ、手錠をかけられ、青い作業服、地下足袋に、自分のトランクを背負って北へ向って行った。空腹で、看守がくれる煎大豆をたべて、水をのんだための下痢に苦しみながら手錠ははずされずに行った。十月十四日、十二年ぶりに東京の街をひとりで歩くことになった重吉は、一面の焼原で迷い、ひろ子が住んでいる弟の家のぐるりを二時間も迷ってやっと玄関に辿りついた。