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ひだのかお
飛騨の顔
「別冊文藝春秋 第二三号」1951(昭和26)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,316 字 · 31 页
円空などいう坊主の作は、とても、とても、こうは行きません。雲泥の差です。私は千光寺で彼の多くの作を見た。彼も、世をすて名をすてたかのような坊主であるが、意識的にそう装うている心境の臭気は作品にハッキリ現れている。その作品がいかにも世をすてた人の枯淡、無慾の風格をだそうとしているだけに、実は甚だ俗悪な慾心や気取りが作品のクモリとなってむらだっている。いろいろな俗な饒舌で作品を補足しようとする言葉の数々が目にしみてイヤらしい。
国分寺の観音サマや薬師サマには作品を補足する一言もありません。この仏像は全然無言で、自分を補足するような一ツの言葉もないのです。余分な、ナマな観念が一ツもありません。その美しさに見とれるだけでタクサン。スガスガしいほど言葉がなく、クモリも、チリもとめないのです。
また、この寺には、タクミの自像が二ツあります。一ツは烏帽子をかぶって、明らかにタクミの自像として伝えられていますが、もう一ツの僧形で、ケサをまとい、この寺の出ボトケとしてこれに手をふれると病気が治るというような御利益用に用いられ、つまり仏像として用いられています。しかしケサをまとうているけれども、これもタクミの自像らしく、さもなければ、この寺の何代前かの住職の像かな。