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えさ
餌
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房、1953(昭和28)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,445 字 · 7 页
私は仄かな悦びを覚えた。けれども、その様子を見守って居るうちに、私はそぞろ物哀れを覚えて来た。
此処に、今、彼を害そうとする意志を持ったものは、恐らく塵一つありはしないだろう。勿論、当然恐ろしかるべき猫や犬は影さえない。脅しの影を投げるだろう石燈籠も、大木も、人も居ない。私は遠く縁に引込んで、息をするほの身じろぎもすまいとして居る。其に拘らず、雀は、何と云う用心のしようだろう。何と云う小心なことだろう。
チョンと跳び、ついと一粒の粟を拾う間に、彼は非常なすばしこさで、ちらりと左右に眼を配る。右を見、左を見、体はひきそばめて、咄嗟に翔び立つ心構えを怠らない。可愛く、子供らしく、浮立って首を動かすのではない。何か痛ましい、東洋の不純な都会風の陰翳が、くっきり小さい体躯に写し出されて居るのである。
私は、その雀が、何かに怯えて、一散に屋根へ戻った後、猶二掴三掴の粟を庭に撒いた。明日まだ靄のある暁のうち、彼等の仲間は、安心して此処におり、彼那におじけず、幾粒かの餌を拾うことが出来るだろう。