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しゅせきとばっせき
首席と末席
佐々木 邦
「雄弁」大日本雄辯會講談社、1927(昭和2)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,378 字 · 15 页
巡査は十二円ぐらいで妻子を養っていたのである。
思えば青年時代は空想を逞しゅうして大きな野心を持つ方が宜い。私達は悟り方が早過ぎた。神田辺の法律書生が未来の総理大臣を夢見ている間に、私達は二十五円の中等教員以外を頭に描けなかった。
「何を食い何を飲まんと思い患う勿れさ」
「人若し全世界を得るともその魂を失わば何の益するところあらんやだよ」
と妙に消極的な教訓ばかり頭に沁み込んでいた。それというのも私達の学校はアメリカの宣教師の経営による基督教学校で、教育方針が実社会の栄達に適していなかった。宗教と相容れないと思っているのか、科学には一向重きを置いてくれない。社会科学にしても宣教師が教えるから真の間に合わせだ。宗教家の講じる経済学に権威はない。聖書の講義丈けはお手のものだったが、そんな知識を持って実世間へ出たところで飯の種にならない。自然、一番強みのある英語を利用して身を立てるから、教員になる外仕方なかった。
その頃、私達の学校は稍※(二の字点、1-2-22)認められて来た。今までは年々の卒業生が三人か四人、時によっては一人も出ないことがあったが、私達の前年は八人で、私達は十三人だった。