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こうでん

香奠

豊島 与志雄

「時流」1925(大正14)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,989 字 · 46 页

青空文庫

所が晩になると、薄汚い電燈が一つついて、古い不恰好な洋服を着た主人が戻って来ますし、その家に不似合なハイカラな娘が戻って来ますし、十四五の男の子も戻って来ます。そして皆で飯を食って、寝てしまうんです。それを二階の窓から見てると、実に変な気持がします。何だかこう、何もかもつまらないような……何もかも淋しいような……何もかも馬鹿げてるような……何もかも滑稽なような……実際変梃です。そして私があんまり覗いてたせいか、向うに顔を見知られてしまって、或る朝、植木の影から顔を出したとたんに、こちらを見上げてる顔とぶっつかって、ひょいとお辞儀をしてしまったんです。」

「誰とだい。」

「娘とです。」

そして彼は不意に浅黒い顔を赤らめました。

「なあんだい、それで恋でもしたというのかい。」

「いいえ恋はしません。」と彼は真面目くさっているんです。

「じゃあどうしたんだい。」

「どうもしません。」

「だってそれっきりというのは可笑しいね。」

彼は何か気に喰わぬことでもあるらしく、むっつりと口を噤んでしまいました。で私はそれ以上追求するのを止めて、他の話を――芝居のことなんかを――初めましたが、彼は余り気乗りがしないらしく、上の空で返辞をしながらもじもじしています。