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こうでん

香奠

豊島 与志雄

「時流」1925(大正14)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,989 字 · 46 页

青空文庫

そして最後に、私の胸の中だけに秘めてることを御話し致しましょう。

母上

私がその翌朝早くやって行きました時、妻と看護婦とは死体の側にぼんやりしていました。私は死体の枕頭に端坐して、顔の白布を一寸取って、最後の別れを告げました。額や頬の皮膚が妙に蒼脹れしてるのに、眼だけが深く落ち凹んでいて、土色の唇がかさかさに皺寄っていました。私はまたそっと白布をかけました。

「昨夜夜中にふいに起き上って、国へ帰るんだと云って立上ろうとなさるんです。それを二人でようよう寝かしつけましたが、もう全く夢中でした。国へ帰りたいと譫言のように云い続けて、それからもう舌が廻らなくなって、二三時間後にいけなくなりました。」

夢をでもみてるような我を忘れた調子で、妻はそんなことを云いました。

西向きの古ぼけた六畳で、室の中が何だか薄暗く陰気でした。浅い床の間の書棚には、むずかしい哲学の書物と卑俗な小説の書物とが、変な対照をなしてぎっしり並んでいました。窓の障子を開くと、日の光を遮るほど鬱蒼と、大小種々の鉢植が並んでいます。更にその間から覗くと、眼の下に煉瓦塀があって、塀の外には低い古びた平屋根があり、その軒へ不細工につぎ足した新らしいトタン板が、露に濡れてきらきらと異様に光っています。