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こうだいじ

高台寺

宮本 百合子

「新潮」1927(昭和2)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,503 字 · 14 页

青空文庫

里栄は、都踊りへ出たままの顔と髪で、

「おおしんど!」

直ぐそこにある茶を注いで飲んだ。

「何でそんなに息切らしてんのや」

「走って来たんやわ」

「なあ、ヘェ、桃龍はんちゅうたら、あての手無理こ無体に引っぱってどんどんどんどん走らはるのやもん……」

桃龍は、文楽人形のようなグロテスクなところがどこにかある顔で対手を睨むような横目した。

「――怪体な舞まわされて、走らずにいられへんわ」

都踊りの最後の稽古の日、その日はまあ大事の日だから、自信のある年嵩の連中でもちゃんと時間前に集っていたところへ、桃龍がたった一人遅れ、しかも寝ぼけ面で入って行った。平気さが、瀧沢という年寄の師匠の癪に触ったと見え、

「そらもう桃龍はんは、何でもようでけるさかい、遅れて来ても大事おへんやろ」

と厭味を云った。それが出来ない方で寧ろ有名な桃龍は笑い出して、満座の中でぬうと師匠の顔の先へ指さしつつ、

「うーそぅ」

と云った。

「ほんまにあのときのお師匠はんの顔! 笑えて笑えてかななんだわ。――『うーそぅ』ちゅうなこと、よう云わはったわ」

桃龍は知らん顔で卓の上の硯箱をあけ、いたずら描きを始めた。