轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

こうのすにょうぼう

鴻ノ巣女房

矢田 津世子

「文芸」1941(昭和16)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,884 字 · 24 页

青空文庫

そして始終心の中に誰れかを立てておかないと気がすまないのである。子供のころは校長先生や酒屋の旦那様だった。工場の機長だったこともあるし監督だったこともある。捨吉父子はいっとう長く心の中にいた。そして今は「あたりや」の主人夫婦ほど有難い人はないのである。

別れて十年あまり、俊雄はこの春中学へ上ったという。父子の者はいま広島の海江田市に住んでいる。ぎんが「あたりや」に落着いて一年ばかりたつと、捨吉から手紙がきた。そのころはまだ堺にいた。工場の友だちに居所を訊き合せたということが分り、相変らず愚痴だった。ぎんは男の涙もろさを思い出した。おろおろ声が聞えるようだった。貧乏している子供が可哀そうでたまらなかった。そして、有り合せをすぐに為替に組んで送ってやった。それが癖になって、今では子供の学費という体裁で毎月せびられている。

「お前さんのようなお人好ってあれあしない。赤の他人にそんなに貢いでさ。笊に水だよ。」

主人夫婦はどうにかして、送金を思い留らせようとして、いろいろに意見を云った。ぎんはニコニコして聞いているだけだった。

広島へ行ってからの捨吉は家屋売買のブローカーのようなことをしていた。