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おうそんせんせいげんこうろく
黄村先生言行録
「文学界」1943(昭和18)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,786 字 · 27 页
テントは烈風にはためき、木戸番は声をからして客を呼んでいる。ふと絵看板を見ると、大きな沼で老若男女が網を曳いているところがかかれていて、ちょっと好奇心のそそられる絵であった。私は立ちどまった。
「伯耆国は淀江村の百姓、太郎左衛門が、五十八年間手塩にかけて、――」木戸番は叫ぶ。
伯耆国淀江村。ちょっと考えて、愕然とした。全身の血が逆流したといっても誇張でない。あれだ! あの一件だ。
「身のたけ一丈、頭の幅は三尺、――」木戸番は叫びつづける。私の血はさらに逆流し荒れ狂う。あれだ! たしかに、あれだ。伯耆国淀江村。まちがいない。この絵看板の沼は、あの「いかぬ老頭」の庭の池を神秘めかしてかいたのだろう。それでは、事実、あれが「いかぬ老頭」の池に棲息していたのに違いない。身のたけ一丈、頭の幅三尺というのには少し誇張もあるだろうが、とにかく、あの、大――山椒魚がいたのだ! そうしていま、この私の目の前の、薄汚い小屋の中にその尊いお身を横たえているのだ。なんというチャンス! 黄村先生があのように老いの胸の内を焼きこがして恋いしたっていた日本一の、いや世界一の魔物、いや魔物ではない、もったいない話だ、霊物が、思わざりき、湯村の見世物になっているとは、それこそ夢に夢みるような話だ。