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おうそんせんせいげんこうろく
黄村先生言行録
「文学界」1943(昭和18)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,786 字 · 27 页
誰もこの霊物の真価を知るまい。これは、なんとしても黄村先生に教えてあげなければならぬ、とあの談話筆記をしている時には、あんなに先生のお話の内容を冷笑し、主題の山椒魚なる動物にもてんで無関心、声をふるわせて語る先生のお顔を薄気味わるがったりなど失礼な感情をさえ抱いていた癖に、いま眼前に、事実、その伯耆国淀江村の身のたけ一丈が現出するに及んで、俄然てんてこ舞いをはじめてしまった。やはり先生のお言葉のとおり、人間は形の大きな珍動物に対しては、理窟もクソもありやしない、とても冷静な気持なんかで居られるものでない。
私は十銭の木戸銭を払って猛然と小屋の中に突入し勢いあまって小屋の奥の荒むしろの壁を突き破り裏の田圃へ出てしまった。また引きかえし、荒むしろを掻きわけて小屋へはいり、見た、小屋の中央に一坪ほどの水たまりがあって、その水たまりは赤く濁って、時々水がだぶりと動く。一坪くらいの小さい水たまりに一丈の霊物がいるというのは、ちょっと不審であったが、併し霊物も身をねじ曲げて、旅の空の不自由を忍んでいるのかも知れない。正確に一丈は無くとも、伯耆国淀江村のあの有名な山椒魚だとすると、どうしたって七尺、あるいは八尺くらいはあるであろう。