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おうそんせんせいげんこうろく

黄村先生言行録

太宰 治

「文学界」1943(昭和18)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,786 字 · 27 页

青空文庫

「あの、へんな事を言うようだけど、」どうも甚だ言い出しにくかった。「前の見せ物のね、大将を、僕の部屋に連れて来てくれませんか。いや、実はね、あの見せ物の怪魚をね(見せ物の看板では、天然自然の大怪魚という事になっていた)あいつをね、ぜひとも買いたいという人があるんです。それは僕の先生なんだが、しっかりした人ですから信用してもらいたい、とにかくそう言って大将をね、連れて来て下さいませんか。お願いします。相当の高い値で買ってもいいような事も、その先生は言っておりますからね。とにかく、ちょっと、ひとつ、お願いします。」こんな妙な依頼は、さすがに私も生れてこのかた、はじめての事であった。言いながら、顔が真赤になって行くのを意識した。まさに冷汗ものであったのである。宿の番頭は、妙な顔をしてにこりともせず、下駄をつっかけて出て行った。

私は部屋で先生と黙って酒をくみかわしていた。あまりの緊張にお互い不機嫌になり、そっぽを向きたいような気持で、黙ってただお酒ばかり飲んでいたのである。襖があいて実直そうな小柄の四十男が、腰をかがめてはいって来た。木戸で声をからして叫んでいた男である。