轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

シーせんせいへのてがみ

C先生への手紙

宮本 百合子

「年刊多喜二・百合子研究 第2集」多喜二・百合子研究会編、河出書房、1955(昭和30)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,519 字 · 60 页

青空文庫

従って、米国女性観とも申すべきものは、殆ど皆男性の手に成されたものとも申し得るのでございます。其故、私は此処で、今日までの過程を反省して、先に申した二の差異ある観察の態度に就ての批評も、数に於て多い男性の上に、其の基礎を置こうとするのでございます。

先ず第一、愛すべき崇拝者の場合に就て考えて見ます。

人はよりよきもの、よりよき如何なる些細なものに対しても、無我に謙虚である事はよろしゅうございます。そうでなければなりません。然し、考えなければならない事は、無我の謙虚と云う事と、理智の催眠させられた感情的称嘆とその事との間には大きな差の在る事でございます。或る輝きに盲目にされて、夢中に双手を挙げて叫ぶ感激は、純粋な批評と申す事は出来ません。感激の強度と、批評的価値の高下とは綿密に考えられなければならないものではございますまいか。

けれども、私共は先ず、此の催眠させられる程烈しく湧き上る憧憬は、如何なる背景をその後に持って居るか考えなければなりません。其程の恍惚の歓びは、何処から来るのでございましょうか。崇拝者の多くは、その程度の差こそあれ、悉く現今の日本女性に、満たされない心を持った一群であると申す事が、何よりも雄弁にその原因を物語って居るのでございます。