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あなたもわたしも
あなたも私も
久生 十蘭
「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页
階下のサロン・バアでは、調子を換えて、ドビュッシイの『沈める寺』を奏きだした。
由良は、窓ガラス越しに、目の下の通りを、だまってながめている。賢夫人の通性で、だまりこむと、腹のなかがわからなくなる。芳夫は煙草に火をつけると、そば目だてしながら、由良のようすをうかがっていたが、七五三の子供の兵隊によく似た、かぼそい口髭を撫でながら、そろそろと探りだしにかかった。
「なにを考えているんです? あなたが、そうしているときは、いちばん、こわいときなんだね?」
由良は、通りから目をはなさずに、つぶやいた。
「あなたのような、いい加減なひとのところへお嫁にいくサト子も、かわいそうなものだと、思っているとこなの……ほら、あそこを歩いている……いやだ、どうしたんだというんだろう。あんな、しょったれたコートを着て……」
芳夫が窓のそばへ立って行った。
葉を落しつくした街路樹の裸の枝々が、氷雨に濡れて、寒そうに光っている。着古した、玉ラシャのオーヴァ・コートに貧苦のやつれを見せたサト子が、豪勢なラクダ色の七分コートを、ふかふかと着こんだ大矢シヅに傘をさしかけられ、沈んだ顔で、街路樹の下を歩いている。