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あなたもわたしも
あなたも私も
久生 十蘭
「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页
それはもう、わかっているのだが、父なるひとが、むやみに勤めるので、すげなく座を立つわけにもいかない。
「あたくし、東京ですの……子供のころ、夏ごと、遊びにきましたが」
「それはそれは……すると、この池に、白と赤の蓮が咲いていたころのことを、ごぞんじでしょうな」
「知っています」
「この池も、むかしは美しかったが、杉苔がふえて、池つづきのようになってしまった」
のどかな話しぶりから推すと、愛一郎の父は、一週間ほど前、飯島の澗の海のほとりで、息子がえらい騒ぎをやったことを、なにも知らないらしい。
「むかしの鎌倉はよかったが、戦後は、ようすが変って、なじみのうすい土地になってしまいました……私も、扇ヶ谷に家をもっていますが、留守番をひとりだけおいて、荒れるままにほうってある。まいとし、秋、これとふたりで、亡妻の墓参りに来るくらいのもので……それで、いまお住いになっている飯島のお宅は?」
「叔母の家ですの……由良と申します」
「……失礼ですが、あなたさまは?」
「パパ、ちょっと……」
哀願するように、愛一郎が父に呼びかけた。
詰りきった表情をし、興奮して肩で大きな息をついている。