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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

見かけよりは、腹のできた人物らしい。それならそれで面白い。サト子は気を入れて、あとで熱のでるほど固い握手をしてやった。

「叔母は熱海の方角へ行くと、なかなか帰って来ないのよ。こんな手でよかったら、ときどき、さわりにきてくだすってもいいわ」

「ほんとうに、おひとりなんですか」

今更らしく、なにを言う。どうやら、たいへんなテレ屋らしい。

「ごらんのとおりよ。おあがんなさい、ジュースでも飲みましょう」

濡縁に足跡をつけながら座敷にあがってくると、青年は縁端に近いところに畏ってすわった。

「あたし、水上サト子……あなた、なんておっしゃるの」

青年はシナをつくりながら、甘ったれた声でこたえた。

「ぼくの名なんか……」

「古風なことを言うわね。名前ぐらい、おっしゃいよ」

「でも……」

こういうハニカミは、育ちのいいひとがよくやる。病気のせいも、あるのかもしれない。

サト子は、それで見なおした気になり、美しすぎる顔も、さっきほどには嫌でなくなった。

「ジュースは、オレンジ? それとも、グレープ?」

「どちらでも」

冷蔵庫のあるほうへ立ちかけたとき、玄関の玉砂利を踏んでくる靴の音がきこえた。