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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

サト子は、愛一郎の横顔をながめながら、口の中でつぶやいた。

「こまったことに、なりそうだ」

空巣にはいったポロ・シャツの青年が、ナリをかえて自家用車の運転席におさまっているのを確認した以上、そのままに放っておくわけはない。車のナンバーは東京だし、秋川は鎌倉ではよく知られているひとらしい。二時間もすれば、空巣の青年が秋川のなににあたるのか、苦もなく調べあげてしまうだろう。

木繁のいただきから、棟の高い、西洋館の緑色の陶瓦があらわれだしている。

しんと秋の日の照る、ひと気のない坂道をうねりあがり、苔さびた石の門をはいると、ひろい前庭のなかの道を通って、白い船のような玄関の前で、車がとまった。

むぐらのしげりあう荒れはてた花壇に、丈ばかり高くなった夏の終りのバラが、一輪、ひよわい花を咲かせている。

サト子が、車からおりかけたとき、空鳴りのようなヴァイオリンの音をきいた。

荒々しいまわりの風景をおししずめるように、なにかの曲のひと節を、高く、清く、ひき終ると、それで、消えるようにヴァイオリンの音がやんだ。

愛一郎は、二階の窓のほうを見あげながら、沈んだ顔で父に言った。