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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

そう言うと、なんともつかぬ微笑をしてみせた。美術館で、遠くから愛一郎のほうを、じっと見ていた、憂いにみちたあのときの顔だった。

「愛一郎は、臆病なくらい内気で、物事に熱中したりしないやつでしたが、このごろ、たれの手紙を待っているのか、毎朝、門に出て、郵便受の前で張番をするようなことまでします」

美術館のティ・ルームでお茶を飲んでいるときに、もう、このキザシは見えていた。愛一郎の父は、サト子が愛一郎の愛人だと思いこみ、あくまでも調停の役をつとめようというのらしい。

「よく眠れないようだし、日ましに痩せて行くのが見える……なにか、はじまっているのだろうとは、察していましたが、きょう、美術館で、あれのすることを見て、はじめて得心がいったわけです」

サト子は、言うことがなくなって、だまってコォフィを飲んでいた。

「一週間ほど前、愛一郎は、久慈という家へ遊びに行くといって家を出ましたが、翌朝、疲れて、青くなって帰ってきました。あれは、久慈なんかの家にいたのではなくて、朝までお宅にお邪魔していたのではなかったのですか?……どこもここもグッショリとぬれているので、どうしたのだとたずねると、私の手にすがって、死んだほうがいいというようなことを言いました……あなたが、相手にしてくれないので、飯島の澗へ身投げでもしたのでしょう