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あるこうぎしょ

ある抗議書

菊池 寛

「中央公論」中央公論社、1919(大正8)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,272 字 · 34 页

青空文庫

しかも典獄なる人までが、その最後の情景を叙べて、『罪の重荷を投げ下して、恋しき故郷に旅立ち帰る心持にて、喜色満面勇み立ったその姿は、坐ろに立会の官吏達を感歎せしめざるはなかったと申します』云々と、まるで決死隊の勇士を送るような讃嘆の言葉を洩して居ます。もしも私の義兄の角野一郎、此の坂下鶴吉に後手で縛り上げられ、絞殺されてもがき死んだ私の義兄の角野一郎が、此の処刑の情景を見たらばなんと申しましょう。自分の目前で夫を絞め殺され、相次いで自分自身を絞め殺された私の姉が、此の情景を見たらなんと申しましょう。彼等を殺した悪人が、彼等よりも十倍も百倍も幸福な死を国家の看視の下に遂げて居ることを知ったらなんと申しましょう。こんな不公平な不合理な処罰が世の中にあるでしょうか。

もしも、坂下鶴吉の欣々然たる最期が、――国家の刑罰に対してなんの恐怖をも感じない態度が、彼の悪人としての根性から自発的に出たものならば、私はなんとも申しません。九人の人間を殺しながら欣々然として絞首台上に立ち得るような恐ろしい人間に姉夫婦が殺されたことを、不幸中の不幸と諦めるほかはありません。