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あるこうぎしょ
ある抗議書
菊池 寛
「中央公論」中央公論社、1919(大正8)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,272 字 · 34 页
私の義兄にしろ、姉にしろ、平常から何の信仰も持って居ません。また縦令、如何なる信仰を持って居たにしろ、咄嗟に生命を奪われた、死際の刹那を苦悶と忿怒との思いで魂を擾したものが極楽なり天国なりへ行かれようとは、思われません。よくは、知りませんが、基督教では死際の懺悔を、非常に大切なものだとされて居るそうですが、姉夫婦の如く虐殺されては懺悔どころか、後生を願う心も神を求める心も影だに射さなかったと思います。殺される刹那の心は、修羅の心です。地獄の思です。もし基督教の教義が本当なれば、地獄の底に陥ちるよりほかはなかったと思います。姉夫婦ばかりではありますまい。彼の為に殺された他の七人の人達も、その人達の信仰はとも角、死際の苦悩の為に天国なり、極楽なりへは、決して行かれなかったと思います。然るに、彼等の生命を奪ったばかりでなく、その魂さえ地獄へ墜した筈の坂下鶴吉は、そうした罪悪を犯した事が却って懺悔の材料となり、天国へ行けると云うことは、少くとも私にとっては奇怪至極な理窟のように思われます。まるで、坂下鶴吉に殺された者が、脚台になって此の悪人を――基督教的には聖徒を、天国へ昇せてやって居るようではありませんか。