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あるひのけいけん
ある日の経験
寺田 寅彦
「明星」1921(大正10)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,946 字 · 10 页
しかしそれはいつまでも見た人の心に美しい永遠の響を留める。そしてその余韻は、その人の生活をいくぶんでも浄化するだけの力をもっている。こういう美しいものを見たときと見なかった時とで、その後に来る吾人の経験には何らのちがった反響がない訳にはゆかない。
展覧会で童女像を見た事と壷のアドヴェンチュアーとは一見何の関係もない事のようである。しかしこれを経験した私にとっては、どうしてもこれを二つの別々の経験に切り離して考える事が困難に思われる。切り離すと、もうそれは自分の活きた経験でなくなって、まるで影の薄い抽象的な「誰でも」の知識になってしまう。
吾々は学問というものの方法に馴れ過ぎて、あまりに何でも切り離し過ぎるために、あらゆる体験の中に含まれた一番大事なものをいつでも見失っている。肉は肉、骨は骨に切り離されて、骨と肉の間に潜む滋味はもう味わわれなくなる。これはあまりに勿体ない事である。
(大正十年十二月『明星』)