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いのちのしょや
いのちの初夜
北条 民雄
北条民雄『いのちの初夜』。同一底本的分册已合并为一书。收入:いのちの初夜、眼帯記。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,366 字 · 63 页
やっぱり病室へ帰る方がいちばん良いように思われて来て、再び踵を返したのだったが、するともうむんむんと膿の臭いが鼻を圧して来て、そこへ立ち停るより仕方がなかった。さてどこへ行ったら良いものかと途方にくれ、とにかくどこかへ行かねばならぬのだが、と心が焦立って来た。あたりは暗く、すぐ近くの病棟の長い廊下の硝子戸が明るく浮き出ているのが見えた。彼はぼんやり佇立したまま森としたその明るさを眺めていたが、その明るさが妙に白々しく見え出して、だんだん背すじに水を注がれるような凄味を覚え始めた。これはどうしたことだろうと思って大きく眼を瞠って見たが、ぞくぞくと鬼気は迫って来るいっぽうだった。体が小刻みに顫え出して、全身が凍りついてしまうような寒気がしてき出した。じっとしていられなくなって急いでまた踵を返したが、はたと当惑してしまった。全体俺はどこへ行くつもりなんだ。どこへ行ったら良いんだ、林や果樹園や菜園が俺の行き場でないことだけは明瞭に判っている、そして必然どこかへ行かねばならぬ、それもまた明瞭に判っているのだ。それだのに、
「俺は、どこへ、行きたいんだ」
ただ、漠然とした焦慮に心が煎るるばかりであった。