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うすゆきしょう

うすゆき抄

久生 十蘭

「オール讀物」1952(昭和27)年1月号~3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,454 字 · 59 页

青空文庫

二人は物狂わしいほどの熱情であくまでも一念を貫こうと心を砕くが、悲劇的な宿縁の翳に禍いされ、あわれにも身を亡ぼしてしまう。この話には見せかけの僥倖といったようなものは片鱗もない。あるものは不幸と苦だけである。なにひとつ慰藉のない荒涼たる一篇の情史は、読むものの胸をうたずにはおかない。

筆者は松月尼というだけで、どういう人物か知られていないが、説話の文様からおすと、この事件に関係のあった一人だということがわかる。この事件の表裏に通じている人物といえば、大炊介の名親にあたる青山新七か、行子の母の資子か、行子の侍女の高根の三人のうちにちがいないが、「くやみてもかひなきことなれど、せめてもの心やりに書きもしるしつ」などと言っているところを見ると、あまり悧口すぎて、娘のあたら花の命を散らした母の懺悔ともとれるのである。

松月尼の述懐は、風摩大炊介と賀茂行子がはじめて小田原の城下で出逢った天正九年の夏からはじまり、大炊介が蜂須賀小六家政(二世小六、阿波守)の手について朝鮮征伐に行き、唐島を経て京都へ帰った文禄二年の秋の末で終っている。

天正九年といえば、信長が高野の僧都、二十余人を斬り、家康が遠州高天神の城で武田勝頼の郎党の首、七百余級を獲ちとり、秀吉が鳥取城攻めにかかった年である。