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うすゆきしょう

うすゆき抄

久生 十蘭

「オール讀物」1952(昭和27)年1月号~3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,454 字 · 59 页

青空文庫

になった。足利へ父の手紙を持ってくる使者にきくと、時疫にかかって急死したというようなことだったが、小太郎も副大将の貝津ノ藤吉も、母のことを言いだすと妙に話をそらしてしまう。とうとうくわしいことは聞けずにしまったが、その辺の事情をおすと、いずれ母に関係のあることだとも思われるのである。

大炊介はそうして五年ぶりに入谷津の山曲へ帰着したが、もとより人などの来ることもない谷戸の奥なので、ここの谷窪、むこうの段地と、とびとびにある陸田も狭田もみな猪に踏み荒され、茅葺の山家は壁がぬけて蜻蛉や飛蝗の棲家になり、いくらかは花を植えてあった前庭も葛や葎にとじられて、おどろおどろしいようすになっていた。大炊介という男は戦争三昧の荒々しい時流に関心がなく、といって士道実践の規範たる儒学にもさほど執心しているわけでもない。なにを志望し、なにを楽しみに生きているのか自分にもよくわからないような漠然たる年月を送ってきたが、きょう蘆屋道益の一ノ姫と松原の渡し舟に乗合わしたとき、ふと春風が吹きすぎるような、悩ましい暖気にあてられたのが患いになり、ほとほとと飛びあるく飛蝗の足音を聞きながら、これもまた帰るなり出居の敷莚に寝ころがってしまった。