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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

「話すようなことはないが、子供はないし、かみさんだって、――」

「どうなの、ねえ」とおふさはからかうような眼をした、「きれいじゃないっていうの」

「病人のある家へいって寺の話をするなって云うぜ」

「なにが寺の話よ」

「なんでもないさ、めしにしよう」

「怒らしちゃったかしら、気に障ったらあやまるわ、ごめんなさい」おふさはちょっと頭をさげた、「あたしどうかしちゃったみたいよ、自分で諄いことが嫌いなのに、こんなに諄いことばかり云うなんてわけがわからないわ」

「酔ったせいだろう、めしにしないか」

おふさは右手を畳へ突いた。膝の上にあった手の右のほうだけ、すべるように畳へ突き、俯向いて口をつぐんだ。急に酔が出たのだろう、参太が呼びかけようとすると、おふさはすばやく立ってゆき、廊下へ出て障子を閉めると、小走りに去る足音が聞えた。――参太はおふさのいなくなった膳の向うを、気ぬけのしたような眼でぼんやりと見まもった。行燈の灯がまたたき、膳の上にある食器の影が動いた。波の音が際立って高く、一人っきりになった座敷の、しんとした空気をふるわせるように響いて来た。

「女があり男がある」