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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

それから初めて、いま飲んだ酒に気づいたというようすで、参太の顔を見て云った。

「おらあからっけつだぜ」

「たいしたことはないさ」と参太は酌をしてやりながら云った、「まずくなかったらやってくれ、ちっとは持ってるんだ」

「この店は夜明しやるんだ」

「そうだってな、おれは強くはないが、おめえのいいだけつきあうぜ」

「おめえの酌はへただな」と作次が云った、「徳利を置いてくれ、手酌でやるから」

「じゃあめいめいにしよう」

駄賃が効いたのか、小僧が肴を二品ずつに、酒を四本持って来た。それを見たとたん、作次の眼が活き活きと光を帯び、落ち窪んだ頬にも赤みがさすように感じられた。いいのか、親方、と作次が云った。これはたけえほうの酒だぜ。大丈夫だ、心配はかけないから飲むだけ飲んでくれ、と参太は答えた。こんなことは久し振だ、いや肴はいらない、このうちで食えるのは塩辛だけだ、この店の鰹の塩辛はちょっとしたものだが、この酒には合わない、肴はこの新香だけで充分だ。作次はそんなことを云いながら、香の物にも箸はつけず、いかにもうまそうに酒だけを飲み続けた。――訊きたいことがある、と参太が話しかけたことは忘れていたらしい。