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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

そこまで話して、急に作次は参太のほうを見た。いま眼がさめた、といったような眼つきで、自分の持っている汁椀を見、また参太の顔を見た。

「おめえ誰だっけ」と作次は訊いた。

「おさんの兄だ」と参太が答えた、「おさんのいどころを捜しているって、さっき云ったじゃあねえか」

「そうか、――」作次は頭を垂れ、垂れた頭を左右に振った、「おさんなら山谷の棗店にいるよ、男の名は岩吉、まむしという仇名のある遊び人だ」

「どうして捜し当てた」

「忘れちまった」作次は汁椀の酒を飲んだが、酒は口の端からこぼれて、股引の膝を濡らした、「忘れちまったが、おさんのような女の肌を知った男なら、誰だってきっと捜し出さずにゃあおかねえだろう、現に、――そうよ、現に炭屋河岸の長屋へも男が捜しに来た、牛込のほうでおさんとくらしていた男がな、まるっきり白痴みてえになってたが、それでもどこをどう手繰ったものか捜し当てて来た、おさんはそういう女なんだ」

「それであにいは、伴れて帰らなかったのか」

「ああ」と作次は眼をつむり、殆んど聞きとれないくらい低い声で云った、「おれを見たおさんの眼で諦めた、男が邪魔をしたら、叩っ殺してもおさんを伴れ戻すつもりだった、ふところに刃物を隠していったんだが、――おさんの眼は他人の眼だった、おれを忘れたんじゃあねえ、覚えてはいるが、まったく