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おさん

おさん

太宰 治

「改造」1947(昭和22)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,343 字 · 21 页

青空文庫

「こりゃ、どうも、お父さんは泣き上戸らしいぞ。」

と言い、顔をそむけて立ち、お勝手へ行って水で顔を洗いながら、

「どうも、いかん。酔いすぎた。フランス革命で泣いちゃった。すこし寝るよ。」

とおっしゃって、六畳間へ行き、それっきりひっそりとなってしまいましたが、身をもんで忍び泣いているに違いございません。

夫は、革命のために泣いたのではありません。いいえ、でも、フランスに於ける革命は、家庭に於ける恋と、よく似ているのかも知れません。かなしくて美しいものの為に、フランスのロマンチックな王朝をも、また平和な家庭をも、破壊しなければならないつらさ、その夫のつらさは、よくわかるけれども、しかし、私だって夫に恋をしているのだ、あの、昔の紙治のおさんではないけれども、

女房のふところには

鬼が棲むか

あああ

蛇が棲むか

とかいうような悲歎には、革命思想も破壊思想も、なんの縁もゆかりも無いような顔で素通りして、そうして女房ひとりは取り残され、いつまでも同じ場所で同じ姿でわびしい溜息ばかりついていて、いったい、これはどうなる事なのでしょうか、運を天にゆだね、ただ夫の恋の風の向きの変るのを祈って、忍従していなければならぬ事なのでしょうか。