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おさん

おさん

太宰 治

「改造」1947(昭和22)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,343 字 · 21 页

青空文庫

ねむられないのです。隣室の夫も、ねむられない様子で、溜息が聞え、私も思わず溜息をつき、また、あのおさんの、

女房のふところには

鬼が棲むか

あああ

蛇が棲むか

とかいう嘆きの歌が思い出され、夫が起きて私の部屋へやって来て、私はからだを固くしましたが、夫は、

「あの、睡眠剤が無かったかしら。」

「ございましたけど、あたし、ゆうべ飲んでしまいましたわ。ちっとも、ききませんでしたの。」

「飲みすぎるとかえってきかないんです。六錠くらいがちょうどいいんです。」

不機嫌そうな声でした。

三

毎日、毎日、暑い日が続きました。私は、暑さと、それから心配のために、食べものが喉をとおらぬ思いで、頬の骨が目立って来て、赤ん坊にあげるおっぱいの出もほそくなり、夫も、食がちっともすすまぬ様子で、眼が落ちくぼんで、ぎらぎらおそろしく光って、或る時、ふふんとご自分をあざけり笑うような笑い方をして、

「いっそ発狂しちゃったら、気が楽だ。」

と言いました。

「あたしも、そうよ。」

「正しいひとは、苦しい筈が無い。つくづく僕は感心する事があるんだ。どうして、君たちは、そんなにまじめで、まっとうなんだろうね。