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おもかげ
おもかげ
宮本 百合子
「新潮」1940(昭和15)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,997 字 · 20 页
故障を起し、というところへ来たら、朝子は涙が出て読みつづけられなくなった。その雨には父の涙がまじって流れた。光景はまざまざと目に映るばかりである。朝子はくいつくように何度もそこを繰りかえし読んだ。多計代を愕ろかせないようにと、わざわざ使がやられた。その使はわざと、保さんは来ていませんかと云って、当時多計代やつや子のいた田舎へ行った。その先へ読み進んで、朝子は涙も渇いた二つの眼を瞠って居住まいをなおした。三月下旬に一度保はストーヴの瓦斯を出し放しにした室にいるところを深夜発見され、その夜は母も保も共に泣き云々。保さんは来ていませんかと云えば、それが多計代にとって十分一つの暗示になり得る状態だったとは、何事だろう。温室のことでこの春多計代から来た手紙の調子を朝子は閃くように思い出した。同じことについて、僕は大変愧しいと思った、という文章の下にアンダラインした保の心持も、今は全く別な複雑さ鋭さで理解されることであった。温室が建てられたのは、その直後だったのだから。この夏は一つ大いに愉快にやって見ようと思う、といって来たのも、保の心にはサスペンスとしてあった気持の明るい方への最後の一揺れだったのだ。