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おもかげ
おもかげ
宮本 百合子
「新潮」1940(昭和15)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,997 字 · 20 页
よくって? と繰返したことも。涙で顔をよごした素子が、ああいい、わかってる、わかってる、と云いながらベッドに入れた朝子のまわりをきつく掛けものでつつんだ。とびとびにだが、情景がみんな思い出せる。けれども、それらは如何にも遠いことのようで、僅か一昨日の出来ごとと信じられないような気分がする。しかも、半分失神していたような状態から意識をとり戻した今、朝子が感じているのは、あのときまではまるで生活になかった一つの真新しい飾り気ない悲しみである。保が死んだ。――涙の出ない歔欷のようなものが再び腹の底から起って仰向いている朝子の唇を震わせた。
足許のドアがそっと開いて、素子が入って来た。ベッドに近づいて朝子が目をあいているのを見ると、咄嗟に表情に出た安堵と憐憫の感動をそれとなし抑えた声で、
「気分は?」
と云った。
「眠ったらしいから、もう大丈夫だ、ね」
そして、わざと心持にはふれずに、
「ともかく電報うっといたから」
と云った。
「帰らないということとお悔みとをうっておいたから」
「それでいいわ。ありがとう」
その昼、朝子はすこしおくれて素子に扶けられながら食堂へ出た。