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かげろうのにっき

かげろうの日記

堀 辰雄

「改造」1937(昭和12)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,890 字 · 60 页

青空文庫

そう云ったごく通り一遍な消息をやりとりしているうちに、その夏も過ぎて、秋近くなった頃、どうした事からだったろうか、とうとう私はあの方をお通わせするようになった。そうしてその頃はといえば、あの方は何を措かれても、殆ど毎夜のように私の許にお通いになって入らしったが、そのうちにやがて十月になった。

その月半ば、私の父は陸奥守に任ぜられて奥州へ御下りにならねばならなかった。――それはまだ、私があんまりあの方にもお馴れしても居らず、お会いしている時だって、ただもうさしぐんでいるばかりだったのを、反ってあの方はいとしがられ、一生お前の事は忘れまいなどと御誓いなすったりせられはしたものの、果して人の心なんぞは頼みになれるものやら、なんとも言えず不安で、自分の悲しい行末ばかりが思われてならないような日頃であった。――ところで、いよいよ父たちが出立すべき日になった。みんなが別れを惜しんでいる間に、父はふいと私のもとに入らしって、御形見の硯に何かお文のようなものを押し巻いて入れて、それからまた黙って出て往かれたようだったが、私はそれをすら見ようともせずにいた。とうとう皆が出立した跡になって、私は少しためらいながら、それにいざり寄って、何だろうと開けて見ると、「君をのみたのむ旅なる心には行末とほく思ほゆるかな」